AI的な人

公開日 2021/05/05

こどもの日です。
あんまりこいのぼりを見ないなあという感想です。

「先生、この問題を教えてください。」
という質問に対して、
「答えはこうです。」

このような問答はあまりしたくありません。
学力が伸びないからです。
(質問するなという意味ではありませんよ)
ただ、テストの成績は上がるかもしれません。

答えが分かったらつまらない

20年前、私は虫取り少年でした。
カブトムシ、クワガタムシはもちろんのこと、バッタやチョウやトンボなど捕まえて遊んでいました。
夏休みにはほとんど毎日、晴れていれば近所の公園にセミ取りに行っていました。頭が狂っていたんじゃないかと、今となっては思うくらいです。

読者の方にも同じような経験をした方はいらっしゃると思います。
そこで考えてみます。
クワガタムシを取りに行ったとして、
「どの時間に、どの林の、どの木のうろの中にクワガタがいる」
という「答え」がわかっていたら、
それって面白いでしょうか。
私は全く面白くありません。
ゲームでも、例えば最初から敵の倒し方を調べておいて、予定通り勝ってって、面白いでしょうか。
(面白いと思う人もいるかもしれませんが)

勉強にしても同じです。
今からこの問題の解き方を教えますよ。
こうしたらこうなります。以上です。
これでは感動も何もないですね。

こうすればこうなる、という答えを教える、または教わることが絶対に悪だとは思いません。
ただ、そのような短絡的・機械的学習をしているだけでは思考力はつかないだろうと。
わからない状態でもがいているときが最も成長できるときです。
学校の課題は多いし部活もあるしどうすればいいんだあああああぁぁぁぁぁぁ
といってどうにかしようと考えるのが大事です。
同じような悩みを抱えている人がいても、その解決策のようなものは一人一人違うはずです。
全く同じ条件で生きている人は存在しないからです。
住んでいる地域、家族構成、通っている学校といった環境から、本人が優先したいこと、最適な睡眠時間、動機など内的なものまで、それらが全く同じ人間などいませんから、答えなんて存在しません。
自分で考えるしかないということです。
我々はそのような「複雑系」のなかにいます。
例えば、二次方程式は解の公式を使うだけで解けますが、
自分がどう生きていくかという問いに対する解は誰にもわかりません。
二次方程式の解は高々3つの係数によって定まりますが、生き方は3つの要素だけで決まりませんよね。
到底数えられるものではありません。
方程式を解くほど単純ではありません。

こうしたらこうなるという単純な論理だけで生きていると、
それこそ「AIに仕事を奪われる人」になりかねませんね。

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